幼稚園の先生との出会い
「先生、何で結婚しないの?」
家庭訪問で来た先生に、幼稚園生が聞いた質問です。
同席していた母は
「先生に「この子供の親は、家でこんなことを話しているのか」と思われたんじゃないかと、お母さん、ビックリした」
と、のちに話していました。
聞いた本人は、そんな質問をしたことは、すっかり忘れています。
その時、先生は
「相手がいないのよ」
と答えていたそうです。
幼稚園の先生は、短大を卒業した後、銀行に勤めたそうです。
でも子供が好きで、幼稚園の教師になることを諦められなかったという話も、母から聞きました。
初めて教師になった幼稚園が、山谷にある幼稚園だったのです。
優しくて若い、美しい先生でした。
家庭訪問の時は、とても緊張したそうです。
手紙で読む「シンデレラ物語」
幼稚園を卒業し、先生が別の幼稚園へ異動された後も、年賀状や暑中見舞いをずっと送っていたのです。
先生との手紙のやり取りの中で、親の介護で、ご実家に戻られたことを知りました。
その後も、お兄様とご実家でお暮らしだったのです。
そして、ある日、幼稚園の先生がご結婚されたことを、お手紙で知りました。
落ち着いたご年令になってからのご結婚です。
とても優しい先生で、ご実家の介護で大変だったと思うので、本当に良かったと思っていました。
先生からの年賀状に
「夫と南極へ行って、オーロラを見てきました」
など、お相手の方と、いろんなところに旅行へ行かれていることが、季節のお手紙に書かれていたのです。
それから、年月が流れました。
ある時、先生のお相手の方が亡くなったことのお手紙が届いたのです。
ご結婚されていた期間は、10年くらいだったのでしょうか。
先生からのお手紙から
「何かしなければと思いつつも、何もできないでいます」
ということが書かれていました。
先生が、今、深い悲しみの中にいらっしゃることが伝わってきたのです。
頂く季節のお手紙で、先生が幸せな毎日を過ごされてことが伝わっていました。
そのお相手を失ったことは、これ以上の辛いことはないでしょう。
それから、先生から
「引っ越す」
というお手紙が届きました。
先生のことが気になりました。
そして、先生とお会いすることになったのです。
お城で先生との再会
お会いする前、先生と電話でお話した時に
「今は、老人ホームにいるの」
と言われました。
「老人ホーム」という言葉を聞いた時、とてもショックでした。
この言葉に、暗い印象を持っていたからです。
そして、お会いする日、先生がいらっしゃる老人ホームへ向かいました。
お引越し先の住所を拝見すると、東京のセレブな方々がお住まいの地域です。
待ち合わせ場所の駅前でお会いしたところ、先生は昔と変わらず、若くお美しいままだったのでした。
「ここから歩いても行けるけど、タクシーに乗りましょう」
と言われ、タクシーに乗って、先生がお住まいの老人ホームへ向かいます。
タクシーが走る先に、広大な庭園が見えてきます。
そして、庭園の中にあるのは、大きなお城のような建物だったのです。
タクシーがお城の前に止まりました。
「みんな、ここを見ると「お城みたい」って、ビックリするのよ」
と、微笑まれます。
「老人ホーム」という名前のお城の中に入ると、制服を着た職員の方がたくさん働いていました。
建物の中も、どこかの宮殿の中のようです。
先生が戻ったことに気づくと、職員の方々が、一斉にご挨拶をされます。
そして談話ルームへ行くと、職員の方が、すぐに温かいお茶を持ってきました。
さらに、時間が経つと、再び職員の方が新しい温かいお茶を持ってきて、お茶の交換をされるのです。
他の入居者の方が、談話ルームに来ると、同様に職員の方が、すぐにお茶を持ってきます。
楽しい時間は、あっという間に過ぎました。
先生は、合唱サークルに入っているそうです。
そして、
「行きたいところへは行ってみよう」
と、お一人で、海外旅行へも行けれていることを、季節のお手紙で知りました。
お会いできた時に、わかりました。
お相手の方は亡くなって姿は見えなかったとしても、その魂は今も先生のそばにあり、ずっと先生を守っているのだということを。



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