昭和のいろは会商店街と「ももたろう」
昔、遠い昔。
いろは会商店街が、いつも買物客であふれていた昭和の頃。
「ももたろう」という、おにぎりの美味しいお店があったのです。
いろは会商店街を土手通りへ向かう途中にある銭湯へとつながる路地。
そこにも薬局などの店舗も並んでいました。
商店街から路地へと入ってすぐの一階。
ここに、ご年配の女性が営む「ももたろう」があったのです。
おそらく、ご家族で協力して営んでいたのでしょう。
ほかに、ひとりか、ふたりの方も、お店の手伝いをしていました。
小さな子供だった時の微かな記憶。
その中に「ももたろう」の記憶は残っています。
昔ながらの日本家屋。
こじんまりとした店内には、あたたかさ、そして優しい家庭のような雰囲気がありました。
木製のテーブルが2つか3つ。
そのテーブルを丸椅子が囲んでいます。
叔父と「ももたろう」のおにぎり
「ももたろうへ行くぞ」
叔父の家族が、家のすぐ近くに住んでいました。
仕事が休みの日、叔父は子供たちを連れて行きます。
その時、近くで暮らす親戚の子も一緒に連れて行ってくれました。
「ももたろう」へ到着すると、必ず、おにぎりを注文。
ご年配の女性が、おにぎりを握って、白い皿にのせて運んでくれます。
しょうゆでご飯が味付けされたおにぎりは、子供が食べても、大人が食べても、ちょうど良い味付け。
当時も「ももたろう」のおにぎりは、大好きでした。
叔父は自分ひとりで、仕事と家事、子育てをしていました。
ひとりで、父親の役割り、そして不在の母親の役割りをすることは、本人にしかわからない苦労があったのだと推察しています。
その叔父が子供たちを連れて行くご飯のお店は、決まって「ももたろう」でした。
その理由は、単に
「美味しい」
という理由だけでないように思います。
ご年配の女性が握った「ももたろう」の、おにぎり。
あたたかく家庭的なご飯を、母親がいない子供たちに、食べさせたかったのかもしれません。
叔父には「ももたろう」のおにぎりだけでなく、クリスマスケーキや大きなおもちゃも買って貰いました。
お気に入りだった大きなおもちゃ。
叔父は早くに亡くなりました。
子供たち全員の成人式を見ることはなかったのです。
そして、叔父が連れて行ってくれた「ももたろう」もなくなりました。
今はその一帯に、大きなマンションが建っています。
いろは会商店街で「ももたろう」へとつながる路地の前を歩くと、叔父と「ももたろう」のおにぎりを思い出します。



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