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上野駅のガード下に人気の飲食店が多いのはなぜ? | 生まれも育ちも東京の山谷 -山谷は日本三大ドヤ街のひとつです-

上野駅のガード下に人気の飲食店が多いのはなぜ?

戦後の上野とガード下に生まれた市場

上野駅近くのガード下(高架下)に、人気の飲食店が多い理由は、歴史や立地、人の流れなどが複合しているからです。

太平洋戦争で都市は焼け野原になり、食料や日用品が極端に不足しました。
政府の配給制度だけでは満たせないため、人々は独自の市場から、生活必需品を手に入れようとしたのです。
この生活を支える独自の市場が、人々の生活インフラとして機能しました。

上野駅から御徒町駅の間にあるガード下も、終戦直後、人々の暮らしを支える独自の市場として、多くの露店や飲食店が、軒を連ねるようになりました。
戦後復興の場として人が集まり、商売が成立したという歴史が、今につながっています。

上野駅は東北や北関東方面の玄関口。
他の場所にある独自の市場は露天商などが中心だったのに対し、上野の市場は、国外から戻った人々が多く集まりました。
戦後、仕事や住まいのない人々が、この周辺に集まり、独自のコミュニティをつくったのです。
協同組合をつくり、秩序を保ちながら展開していくところは、上野独自の特徴でもあります。

ただ、生活を支える独自の市場は、上野だけの現象ではありません。
戦後、渋谷駅や新宿駅、池袋駅といった多くの駅前で、生活を支える独自の市場が生まれました。
この独自の市場は、人々の暮らしを支えた場として、戦後の都市文化や商店街の形に影響を与えました。
今でも続く繁華街の多くが、この独自の市場を起源としています。

上野駅は現在も、山手線や複数路線が乗り入れる東京屈指のターミナル駅。
一日あたりの乗降客数が非常に多く、飲食需要がとても高いです。
交通の重要な場所として、駅からすぐの飲食店は、自然と人が集まります。
さらに上野公園、アメ横といった観光地も近く、観光客も多いのです。
観光客の多さが、飲食店の数と人気にもつながっています。

アメ横という名前の由来と上野という場所

ガード下の飲食店は単独ではなく、商店街・ショッピングモールの延長線上のこともあります。
例えば、アメ横商店街。
アメ横は市場や商店街が発達し、その横断的な街路空間が、そのまま高架下の飲食区域へつながっています。

アメ横という名前の由来は、アメを売る店が多く出店したことから
「アメヤ横丁 → アメ横」
になったと言われています。
でもなぜ、上野に飴屋が多かったのでしょうか。

戦後すぐの日本では、砂糖などの甘味資源が非常に不足していました。そのため、甘い物は贅沢品や人気商品となりました。
人々の間で、アメは強い需要を持ったのです。
アメは日持ちする上、持ちやすく、屋台や小さな露店でも売りやすい商品だったのです。
当時の屋台では、簡単に販売できる商品ほど商売がしやすいため、自然とアメ屋が多くなりました。
上野駅周辺は、買出し客など多くの人が行き交う場所であり、待ち時間や移動中の手軽な甘味として、人気に高かったのです。
アメ屋はその需要に合い、人気のある商品として売れました。

アメを売る店が多く並んだことで「飴屋横丁(あめやよこちょう)」と呼ばれるようになったのです。
この名前が短くなって、今の 「アメ横(アメヤ横丁)」 の名前の一因となったとされています。

そして、もう一つに、戦後アメリカ軍からの物資が多く取引されたことで
「America(アメリカ)横丁 → アメ横」
になったという説もあります。
どちらの説も、当時の状況などをよく表しているようです。

電車の音とともに続くガード下の飲食街

そして現在も、高架下の飲み屋や飲食店は、他の繁華街に対して、気取らない大衆的な雰囲気。
リーズナブルな価格帯が多いのも特徴になります。
親しみやすく、店内へ入りやすい雰囲気が、地元客や観光客、そして学生やビジネスマンまで、幅広い層に支持されているのです。

ガード下という空間は、電車の走る音や景観と一緒に飲食を楽しめるユニークな場所。
上野のほかに、新宿や渋谷などあるガード下の飲食街でも
「高架下の飲み屋街」
が文化として定着しているのです。

「歴史的な商業集積」
「駅の圧倒的な交通利便性」
「観光地としての魅力」
「気軽で多様な飲食体験」

これらが合わさることで、上野駅近くのガード下は、ただの通路ではなく、人気の飲食地域として成り立っています。
昭和時代から続く名店が、現在もその歴史的価値のある飲食エリアとして、その魅力を増しているのです。

上野駅のガード下に広がる、昭和の飲み屋街と人でにぎわう通りのイラスト。
上野駅のガード下に広がる、昭和のにぎわいを描いたイメージイラスト。
頭上を電車が走り、その下には提灯や看板が並ぶ飲み屋街と露店が続き、多くの人々が行き交っています。戦後から続く「人が集まる場所」としての上野の空気を感じさせる風景です。

【ここからは、記事の内容にちなんだコーヒーの紹介です】

  • 戦時中から戦後にかけて、コーヒー豆が手に入らなかった時代には、たんぽぽの根を焙煎した「たんぽぽコーヒー」が飲まれていました。実は今でも、アメ横の大津屋さんでは、このたんぽぽコーヒーを購入することができます。ノンカフェインで、コーヒーに似た風味を楽しめる飲み物として、今も静かに親しまれています。

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