人影まばらなコンビニと「くらーい」店長
むかーし、昔、そのまた昔。
山谷に、とあるコンビニがあったそうな。
そのコンビニは、もとは沢山のお客で賑わっておった。
じゃが、だんだんと人足が遠のいての。
そのコンビニの店長は、オーナーも兼ねておった。
商品が売れんもんじゃから、店長が働いている店員に
「給料は歩合制にする」
と言ったんじゃ。
歩合制っちゅうのは、商品の売れ具合によって、給料を支払うというものでの。
客が寄りつかなければ、商品も売れない。
商品よ売れなければ、給料も貰えない。
長く勤めていた店員もいたんじゃが、給料が歩合制になる話しを聞いて、そのコンビニから去って行った。
店の働き手を募集しても、いっこうに人が集まらない。
仕方なく、店長は自らコンビニで働くことにした。
客が寄り付かない店は、音楽も流れておらず、シーンと静まり返っておった。
電気はついておるんじゃが、くらーい、とても暗い空間に包まれておったんじゃ。
「親子なのに・・・?」広がる妙なウワサ
コンビニの中が暗ければ、店長も暗い。
このくらーい店長には、娘さんがおった。
店長も1人でのコンビニ仕事はしんどいようじゃった。
そのため、娘さんもお父さんの手伝いをするようになったんじゃ。
この親子は顔も似ていることもあって、周囲のほとんどは「親子」だと知っておった。
じゃが、ある時、山谷にいる子供が同級生に、こんなことを口にした。
「あのコンビニの店長と店員、できているよね」
同級生が
「親子でしょ? 親子だって聞いたよ。だって顔、似てるじゃん」
と答えると、その子供は自宅に戻り、
「お母さーん! あの2人、親子だって」
と、お母さんの妄想をバッサリ切る真実を伝えたんじゃ。
親子じゃと知らん人には、店長と店員にしては親しすぎるように見えたんじゃろうて。
静かなコンビニで始まった「オンリートークショー」
「店長と店員」の真実を知ったお母さんは、後日の日中、1人でそのコンビニを訪れた。
その時も店内は閑散としており、店員も1人で棚卸し(たなおろし)をしていたんじゃ。
棚卸しというのは、店内にある商品の状態や数を確認する重労働の作業での。
それを店員が1人で行っておったんじゃ。
そこへ――
山谷にお住まいのような方も1人でコンビニの中に入ってきた。
コンビニの中で商品を見ているお母さんに近づいてきての。
独り言のように話しかけてきたんじゃ。
お母さんは、その場から離れると、その1人トークをする殿方も、お母さんの後に続いた。
お母さんが店内を移動すると、その1人トークをする殿方も、後をくっついてくる。
気がつくと、コンビニの中は、
・棚卸しをしている店員、
・お母さん、
・1人トークの殿方、
の3人だけじゃった。
お母さんはコンビニを出て、家へ帰ることも考えた。
じゃが、このまま店を出たら、1人トークの殿方が、後につけて来るやもしれん。
お母さんは恐ろしゅうて、コンビニを出ることもできなかったんじゃ。
店の中にいれば、1人トークの殿方がそばにくっついて話しかけて来る。
かと言って、店の外に出て、家までついて来られるのも恐ろしい。
すると、お母さんの目に、コンビニで棚卸しをしている店員の姿が入った。
お母さんの機転と、もうひとつの出来事
お母さんは、その店員のそばに行き、棚に並べられた商品の中から、カレー粉を手に取り、
「これは、他のと、どう違うんですか?」
と話しかけたんじゃ。
店員も話しかけられたもんで、聞かれたことに答えて、再び、棚卸しの作業に戻った。
お母さんは今度、棚から調味料を手に取り、また棚卸しをしている店員に
「これは、どういう商品なんですか?」
と聞いたんじゃ。
棚卸しをしている店員も、お客から聞かれたことに答えない訳にはいかないもんで、棚卸しをしつつ、お母さんへの説明をした。
お母さんは、1人トークの殿方がいる間、調味料を手に取っては
「これは、どういう商品ですか?」
と、店員に次々と話しかけ続けたそうじゃ。
そうこうしているうちに、1人トークの殿方は、コンビニから去って行き、お母さんも安心して家に帰ることができたそうな。
この「1人トークの殿方」ような方を見かけるのは、山谷では珍しいことではなくての。
このお母さんとその子が、日が落ちてから、別のコンビニへ行った日のことじゃった。
そのコンビニは、気さくな店長と快活な店員、お客の出入りも多く、明るい店内には、いつも軽やかな音楽が流れておった。
お母さんとその子は、コーヒーを買いに来たんじゃ。
気さくな店長が会計をしていると、山谷にお住まいの方が、ゴミ袋をズルズルと引きずって店内に入ってきたそうな。
そして、店長に
「鏡はねぇかな?」
と聞いてきての。
店長が
「鏡はねぇな」
と答えると、その方は
「そうかよぉ」
と言って、コンビニから去って行ったそうじゃ。
むかーし昔、とぉーい昔。
山谷のコンビニには、いろんなお客が来るという話じゃったとさ。

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