真夏の夜、浅草橋駅での出会い
真夏の夜、帰りが遅くなって、浅草橋駅に降りました。
外はもう真っ暗で、電車からホームに降りた瞬間、
「あ、すみません」
と声をかけられました。
自分に言われたのか? なんで謝罪されたのか?
わからず辺りを見まわすと、若い男性が立っていたのです。
そして
「ぶつかっちゃったかと思ったんで」
と言われました。
夏ということもあって、相手の方は、無地のTシャツといった、かなりラフな服装をされていました。
髪は少し長めで、ニコニコとした気さくな感じの方です。
すると
「あ、せっかくだから聞いちゃおう」
と言われました。
さらに
「この辺をちょっと歩いてみたいんですけど、どっかお店とかありませんか」
と聞かれたのです。

問屋街からパワーストーン街へ――浅草橋の変遷
浅草橋は、平成初期の頃まで、問屋街だったのです。
文房具店があっても、小売はしてくれず、100単位でないと売ってくれません。
他には、雛人形や端午の節句で飾る鎧かぶと「はいはい人形」が売られています。
端午の節句や人形は小売をしており、店頭や浅草橋駅前には、チケットのような紙のビラを配っているご年配の男性たちが立っていました。
おそらく人形の販売店が雇用しているアルバイトの方で、若いカップルや小さなお子様連れが通ると
「店内を見て行って下さい」
と声がけをしながら、ビラを渡します。
雛人形も鎧兜も、一回買うと買い替えたり、追加で購入することはないので
「販売店も大変なんだろうな」
と思っていました。
2000年代に入ったあたりから、浅草橋で沢山あった問屋が次々と消え、代わりにパワーストーンの販売店が現れたのです。
「浅草橋=問屋」という印象が「浅草橋=パワーストーン」へと変わりました。
そして、コロナ禍に入り、長く営業していた店舗の閉店も見られるようになっただけでなく、端午の節句や雛人形などの販売店も、飲食店や雑貨店を始めるようになったのです。

日が沈むと現れる黒服たち
日中の浅草橋は変わっていくのですが、変わらない夜の風景があります。
それは、客引きの男性たちです。
空に太陽が昇っている間は、浅草橋のどこにも姿は見えません。
しかし、日が沈み、辺りが暗くなると、どこからともなく、黒いジャケットに黒いパンツといった全身黒ずくめの「黒服」たちが姿を現します。
黒服たちは、明るい浅草橋駅前から離れたところに、間隔をあけて立っています。
日中のビラ配りをしていた男性たちはご年配の方ですが、黒服たちはまだまだ若いのです。
「この人、こんなところで、何で立っているんだろう?」
と思ってしまうくらい、ポツンと立っているのです。
男性が1人、または男性のみ2~3人で歩いていると、黒服の1人がスッと近づいて行きます。
周りには聞こえないような声で、通行人の男性へ話しかけるのです。
相手が無視して歩いていると、それ以上は追いかけず、スッと離れ、もとの場所に戻ります。
ターゲットにしているのは、常に男性のみです。
この黒服に声をかけられた経験のある男性が
「仕事の帰り、声かけられるけど、無視するよ。付いていったら、どんなに目に遭うか、わからないからね」
と話していたので、他の地域でも活動されているようでした。

冒険者、夜の街へ旅立つ
夜の浅草橋を冒険されたいと言われている男性へ
「歩くのなら、浅草橋よりも浅草の方が良いと思います。浅草は明るい通りなら、人通りもあるので安心です」
と伝えました。
すると
「浅草はもう行ったことあるんですよ」
と言われます。
そのため、
「浅草橋は日中は安心なんですけど、夜になると黒服の方たちが声をかけてきたりして」
と話しました。
しかし、この
「黒服の方たちが声をかけてきたり」
の言葉が、その方の冒険心を燃やすスイッチとなったようです。
夜の冒険者の男性は
「おぉ! おほほほぉう!」
と、全身を震わせながら、嬉しそうに歓喜の雄たけびを上げました。
そして
「ちょっと、この辺をブラブラ歩いてみます!」
と、楽しそうに、夜の浅草橋へと消えて行ったのです。
暑い夏、刺激を求めている方だったのかもしれません。
その後、どうされたのか・・・。
きっと、夜の浅草橋というゲームマップで、冒険者のレベルを上げ、次なるクエストへと旅立ったのでしょう。

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