昭和の夕暮れに響くやさしい音
まだ昭和の夕方のこと。
幼い頃は、母の買い物はいつもついて行きました。
優しい太鼓の音「トンコ、トン・・・トンコ、トン・・・」
どこからと、優しい太鼓を叩く音が聞こえてきます。
白い服を着たご年配のご主人が、さほど大きくない屋台を一人で押して、きび団子の販売をされていたのです。
この「トンコ、トン」という優しい音色のするきび団子が大好きな子供のために、母がきび団子を買ってくれます。
優しい音と幸せの味、きび団子売りのご主人
「きび団子を下さい」
の声に、きび団子売りのご主人が、屋台を止めます。
ビー玉よりもひと回り小さい串にささったお団子を3本取り出し、木箱に入ったきびの粉と砂糖をまぶしてくれるのです。
その3本のきび団子を、白い紙袋に入れ
「はい、30円」
と言って、10円玉3枚と交換してくれます。
きび団子を口の中に入れると、優しい甘さが口いっぱいに広がり、幸せに包まれる美味しさです。
音が変わる、味が変わる
ただ、この
優しい太鼓の音「トンコ、トン・・・トンコ、トン・・・」
という音を聞く日が、次第に少なくなってきました。
入れ替わりに、
力強い太鼓の音「ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!」
という力強い音が聞こえてきます。
力強い太鼓打ちをするきび団子売りのご主人は、優しい音色の太鼓を打つご主人よりも、少し若いご主人です。
力強い太鼓を打つご主人のきび団子は、隠し味の塩分が多く、子供だとしょっぱくて食べられません。
聞こえなくなった「トンコ、トン」
優しい太鼓の音「トンコ、トン・・・トンコ、トン・・・」
を待ちつつも、とうとうこの音を聞くことがなくなってしまいました。
さらに月日が経ち、力強い太鼓を叩く音も聞くことがなくなりました。
きび団子を見るたび、思い出すこと
「きび団子」を見ると、夕暮れの中、小さな屋台を一人で押していたご主人と、白く小さな団子にきびの粉と砂糖をまぶしてくれたあの姿は、はっきりと思い出されます。
もう二度と聞こえないあの「トンコ、トン・・・」の音が、心の中で鳴っています。

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