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山谷の入口として語られた「泪橋」 | 生まれも育ちも東京の山谷 -山谷は日本三大ドヤ街のひとつです-

山谷の入口として語られた「泪橋」

なぜ「泪橋」と呼ばれたのか

毎日どこかのテレビ局で時代劇が放送されていた頃。
山谷の地域に住んでいることを話すと
「罪人が首を斬られた「小塚原(こづかっぱら)」って、どの辺にあるんですか?」
と、よく聞かれました。

時代劇で、小塚原の処刑場へ向かう場面では「泪橋(なみだばし)」が登場します。
川の上をかかる橋を、打首獄門(うちくびごくもん)となる罪人が通っていく。
この場面は時代劇で、処刑場の代わりとして描かれていたように思います。

現在は、橋や川はありません。
「泪橋」にあるのは、道路や陸橋。
昭和の中頃までは、陸橋がかかっているところに、電車が走る大きな線路と、幅の広い踏切があったのです。

今の「泪橋」に立ってみると、車の行き交う大きな交差点という風景。
ですが、この場所に川が流れ、橋がかかっていました。
江戸から明治にかけて、この一帯は水の多い土地だったのです。
隅田川につながる細い流れや、水路、堀のようなものが、あちこちに張り巡らされていました。

「泪橋」も、そうした水路のひとつにかけられた、小さな橋だったと考えられています。
人や荷を運ぶための、ごく普通の橋。
しかし、その橋は、ある特別な役割を背負わされることになりました。

「泪橋」という名前の由来については、いくつかの説があります。
もっともよく知られているのは、小塚原刑場へ向かう道にまつわる話です。

江戸時代、このあたりには処刑場がありました。
罪人が最期の時を迎える前、家族や知人と別れを告げた場所。
そこで流された涙から「泪橋」と呼ばれるようになった、という説です。

史料の上では、「この橋が必ずその場所だ」と断定できるわけではありません。
それでも、この一帯が、そうした重たい記憶と結びついて語られてきたのでしょう。

「泪橋」の標識。
「泪橋」の標識。
「吉野通り」と「明治通り」が交差する「泪橋」の交差点。
「吉野通り」と「明治通り」が交差する「泪橋」の交差点。
たくさんの車が行き交っています。
朝の「泪橋」交差点の様子。
朝の「泪橋」交差点の様子。

名前が残している、見えない川

明治以降、東京の街は大きく姿を変えていきました。
都市整備、震災復興、戦後の道路拡張。
その過程で、多くの川や水路が埋め立てられていったのです。
「泪橋」の下を流れていた川も、いつしか姿を消しました。
橋も撤去され、場所は道路と交差点へと変わりました。
今の地図を見ても、ここに川があったことは、もう読み取れません。

「泪橋」という名前は、やがて「山谷の入口」をイメージする言葉として使われるようになります。
ドヤ街、生活を困窮する貧困の街。
そうしたイメージと結びついて「泪橋」は、ダークな響きを持つ名前になっていきました。

「泪橋を渡ると、もう戻れない」
そんな言い方をされた時代もあったそうです。

今の風景は、どうでしょうか。
車の行き来の多い交差点。
静かな地域ではありますが、特別にダークな空気が漂っているわけではありません。

「土手通り(どてどおり)」は、かつての堤防の名残です。
「地方橋(じかたばし)」は、今も橋があった跡を示す碑が残っています。
そして「泪橋」は、川も橋も失って、名前だけが残った場所です。
(ブログ記事「静かに桜と向き合える「山谷堀公園」の春」「川が消えても、道は残った -土手通り・日本堤-」を参照)

もし「泪橋」という名前がなければ、この交差点を、意識して立ち止まって見る人はいないかもしれません。
そこに名前があることで、
「ここには、かつて川が流れ、橋があったのだ」
と、想像することができます。

街は何度も塗り替えられていきます。
川は埋められ、橋は壊され、風景は変わっていきます。
その中、その地の名前だけは、過去の記憶を残していくのです。

「吉野通り」からJR貨物隅田川駅沿いの道路へ向かう「南千住駅東口」の都営バス。吉野通りをまっすぐ走る「南千住駅西口」「南千住車庫」の都営バスがある。
「吉野通り」からJR貨物隅田川駅沿いの道路へ向かう「南千住駅東口」の都営バス。
吉野通りをまっすぐ走る「南千住駅西口」「南千住車庫」の都営バスがあります。
「南千住駅前歩道橋」の全景。都営バスのバス乗り場がある。
「南千住駅前歩道橋」の全景。
都営バスのバス乗り場があります。
「南千住駅前歩道橋」下を走る線路。以前は、歩道橋ではなく、大きな踏切があった。
「南千住駅前歩道橋」下を走る線路。
以前は、歩道橋ではなく、大きな踏切がありました。

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「泪橋」は、山谷の「入口」として語られてきた場所ですが、山谷という街そのものの歴史を辿ってみると、また違った見え方がしてきます。
もし、山谷の街を実際に歩きながら、その成り立ちや空気感を感じてみたい方には、こちらの本も参考になります。

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