文学の記憶も象徴した碑
浅草から上野と続く浅草通り。
JR上野駅へ近づくと、大きく立派な鳥居が見えてきます。
こちらの鳥居をくぐった先に「下谷神社(したやじんじゃ)」があります。


奈良時代に、現在の上野恩賜公園付近に創建された都内で最も古いお稲荷様のひとつ。
その後、周囲で寺社整備が進んだことから移転し、現在の東上野に移りました。
昭和初期に現在地へ移ったのち、新しい社殿が造られています。
長い歴史を持つ稲荷神社には、商売繁盛、家内安全などの願いで、訪れる方も多いようです。
また、毎年5月に行われる「下谷神社大祭」は、下町で一番早い夏祭りでもあります。
では、鳥居をくぐって、下谷神社へ向かいましょう。
ご神殿は住宅街の中にあります。
バス通りからは離れているので、車の騒音もほとんどなく、とても静かな環境でした。





浅草通りに面した鳥居から境内の中へ。
ご神殿の前には大きな灯篭が対であります。
下谷神社の灯籠は多くは「氏子(地元の商人・職人)」「芸人・興行関係者」「町内・講(こう)」などによって寄進されたものです。
灯籠は「明かり」=「神への奉仕」と「名を残す祈り」という意味を持っていました。
「商売繁盛」「家内安全」「火伏せ(火事除け)」を願って奉納されることが多く、
「仕事で得たお金を、町と神に返す」
という下町らしい信仰のかたちだったのです。



ご神殿前の鳥居から境内に入ると、右側に「舞殿(ぶでん)」があります。
下谷神社は寄席(=落語などの演芸)発祥の地で、芸能と深い縁のある神社。
例大祭では神輿・演芸・奉納舞が行われるという「芸の神社」的な顔を持っていたのです。
下谷神社の「舞殿」は神事用だけではなく、下町の人々の「芸と楽しみ」を神様に捧げる場所として、重視されてきました。


境内にある「寄席発祥之地」の石碑。
江戸時代、初代名人とされる落語家・山生亭可楽師匠(後の三笑亭可楽師匠)が、ここで大衆向けの「寄席興行(よせこうぎょう)」を行いました。
この句が下谷神社に刻まれているのは、同社が 江戸における「寄席発祥の地」とされる場所だからです。

そして、この地で生きた文化人の「正岡子規」氏の碑もあります。
「寄席はねて 上野の鐘の 夜長哉(よせはねて うえののかねの よながかな)」
→ 寄席が終わり、上野の寺院の鐘の音が、長い夜のように響く。

この句は、正岡氏が寄席と上野の町の響きを詠んだ俳句。
「下谷神社」は、江戸における「寄席発祥の地」とされる場所であったため、寄席興行発祥を記念する石碑と並んで正岡氏の句碑が建てられたのです。
正岡氏は、療養生活を送った晩年を、この下谷・根岸一帯で過ごしました。
下谷神社は、正岡氏にとっての散歩コースであり、気分転換、心のよりどころとして、日常的に参拝していた神社だったと伝えられています。
日常的に参拝していた氏神様であったことから、ここに正岡氏の句碑が建てられました。
正岡氏は、この地で生き、俳句を詠み、病と向き合ったのです。

商いと芸の成功を願う信仰
下谷神社には、手水舎に生花を飾る季節ごとの「花手水」があります。


では、神門をくぐってみましょう。

ご神殿の前に鎮守する対の狛犬。
「下谷神社」の狛犬は、ただの守り役ではなく、胴が太くて足が短め、重心が低いことです。
このスタイルは「実戦型・護衛型」とも言えます。
「下谷神社」の狛犬は、江戸下町らしい歴史と造形美をあわせ持つ存在として知られているのです。


この日は、女性の方が多く参拝をされ、小さなお子様と一緒の方もいました。
拝殿の天井には、日本画の巨匠・横山大観画伯による「龍」の天井画が描かれています。






社務所の方では、御神札・御守りのほか、千社札ステッカーや念珠の授与もされています。
御朱印の申し込みをされている参拝者の方々もいました。
下谷神社では、限定御朱印などもあることから「御朱印めぐり」のスポットとしても注目されています。



下谷神社の境内には「隆栄稲荷神社(りゅうえいいなりじんじゃ)」があります。
境内社(けいだいしゃ)として祀られている稲荷社で、もともとは江戸時代からこの地で信仰されてきた由緒あるお稲荷様です。
そして、知る人ぞ知る商売繁盛・芸能上達のパワースポット。




名前に「隆(さかえる)」「栄(えい・さかえ)」があることから「大いに栄える」という、とても縁起の良い名前を持っています。
隆栄稲荷は、商売・芸・人生の発展を願う稲荷神として、今でも俳優、芸人、音楽関係、クリエイターの参拝が多いそうです。
稲荷社に必ず対で置かれるのが、神様の使いである狐像。
狐像がくわえている「宝物」がありますね。
この「宝物」とその意味とは何でしょうか。
● 稲穂(いなほ):五穀豊穣・商売繁盛・努力が実る象徴 → 「働いた分だけ、ちゃんと実りがある」という意味。
● 宝珠(ほうじゅ):財運・願望成就・金運上昇 → 商人・職人・芸人の信仰と強く結びつきます。
● 鍵(かぎ):倉の鍵・財宝の扉・未来の可能性 → 「自分の運は自分で開け」という、下町らしい現実的なメッセージでもあります。
隆栄稲荷の狐像は、稲荷系らしい宝物持ちタイプですね。
この狐像は、稲荷大神のメッセンジャーであり、商売・芸・努力の成果を神に届ける存在という役割を担っています。



下谷神社へのアクセス
- JR「上野駅(浅草口)」から徒歩11分。
- 日比谷線・銀座線「上野駅(1番出口)」から徒歩9分。
- 銀座線「稲荷町駅(2番出口)」徒歩から3分。
- 大江戸線「新御徒町駅(A1出口)」から徒歩10分。



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