何が起きているのか、わからなかった朝
1995年(平成7年)3月20日に、地下鉄サリン事件が起きたのです。
この時のことを記録として残すことにしました。
この日、お休みだったのです。
平日ですが「記念日」という理由で休みでした。
せっかくなので、パソコンの練習をしようと思ったのです。
朝から秋葉原にあるPCスクールへ向かいました。
朝の通勤や通学の時間帯。
浅草橋駅へと向かうバスの中は、とても混んでいました。
蔵前一丁目の交差点をバスが通った後。
おそらく、蔵前橋から来たと思われる、たくさんのパトカーが猛スピードで走ってきたのです。
サイレンを鳴らしながら、蔵前橋通りを、秋葉原方面へ向かって走り去ります。
すごい台数のパトカーが走り抜ける様子を見て、バスの中でも
「え?」
と思っている乗客たちの姿がありました。
でも、この時は、まだなにが起こっているのか、全くわからなかったのです。
総武線の電車に乗り、秋葉原に到着。
PCスクールの自習室で、パソコンを操作していたのです。
自習室には、大きめのテレビがありました。
そのモニターに、男性と女性のアナウンサーがニュース報道をしていたのです。
「地下鉄で、サリンが発生しました」
男性アナウンサーが、原稿を読み上げます。
「地下鉄で、サリンが発生するなんて、そんなバカなことがあるか」
そう思っていたのです。
今テレビで放送しているのは、ニュース報道ではなく、テレビドラマのシーンだと。
ドラマで、ニュース報道の場面があり、その報道シーンがテレビに映っているだと思っていました。

あの映像が現実だったと知った夜
この後、京橋へ行く用事があったのです。
秋葉原のPCスクールを出て、銀座線の浅草駅へと向かいました。
当時の浅草は、今ほど、海外からの観光客もいなかったのです。
そして、地下鉄の浅草駅へ到着。
プラットホームへ向かいます。
ホームは一面、水洗いでもしたかのようにキレイで、そして濡れていました。
浅草駅は、銀座の始発。
発車待ちの車両内では、駅の男性スタッフ2人の方が、緊張した面持ちで、車両の中を見まわしながら歩いていました。
乗客の人影もあまりなく、とても空いていたのです。
銀座線に乗り、京橋へと向かいました。
用事が終わると、15時近く。
再び、銀座線に乗り、浅草へと戻ります。
浅草駅に到着。
一面、水で濡れたプラットホームの上を歩きながら
「水洗いで、ホームの大掃除をしたのかな」
と思いながら、バスに乗って帰りました。
帰宅すると、父が
「地下鉄で、爆破事故があったらしいな」
と。
父も仕事が終わったばかりで、まだ報道を見ていないようです。
その後、母も仕事から帰宅。
母は、浅草から銀座線に乗って、京橋へ行っていました。
朝の浅草駅。
銀座線の改札口は、続々と人が集まりした。
すごい混雑だったのです。
母も
「何で、こんなに」
と驚いていました。
サリン事件の被害に遭ったのは「霞ヶ関駅」を通る地下鉄。
銀座線は「霞ヶ関駅」を通っていません。
そして、その日の夜。
テレビのニュース報道で、PCスクールで見た映像は、ドラマの1シーンではなく、現実の事件報道だったことを知ったのです。


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