Twitterでも山谷の暮らしを発信中です:
フォロー @sanya_tokyo
三ノ輪橋駅のバラ | 生まれも育ちも東京の山谷 -山谷は日本三大ドヤ街のひとつです-

三ノ輪橋駅のバラ

バラに彩られた三ノ輪橋

「バラの路線」
とも言える都電荒川線(東京さくらトラム)の沿線。
特に終始点の三ノ輪橋停留場は、その象徴的な場所です。

荒川区では、1985年(昭和60年)より、ボランティアとともに、区内の植栽が可能な沿線にバラを植栽し始めました。
都電荒川線を区の「みどり軸」として位置づけ、バラによる緑化に取り組んだのです。
三ノ輪橋はその始発停留場であり、終点停留場の広場でもあること。
そのため、多くのバラが集まる象徴的な場所となりました。

「早稲田」行きの都電9000形レトロ車両と、手前のピンクや赤のバラ花壇。
「早稲田」行きを示す行先表示をつけた都電のレトロ車両が、満開のバラ花壇越しに走る風景。
白いトレリスを背景に、赤とオレンジの複色バラが多数咲いている様子。
白い支柱フレームに沿って伸びた枝に、赤と黄のグラデーションが美しい複色バラが鈴なりに咲いています。
三ノ輪橋停留場の「関東の駅百選認定駅」の木製看板と、手前に咲く赤いバラの花壇。
停留場のホーム脇に立つ「関東の駅百選認定駅」の木製看板。赤やピンクのバラが周囲を彩り、レトロな雰囲気を引き立てています。

その美しさは、1997年(平成9年)に「関東の駅百選」として評価されます。
「春には見事なバラが咲き揃う都内唯一の都電が走る停留場」として選ばれたのです。
バラの見頃は年に2回。
5月中旬~6月上旬の春と、10月中旬~11月上旬の秋に楽しめます。

現在、区内延長約4.8kmのうち植栽が可能な約4kmの区間に、約140種・13,000株のバラが植えられています。
花の時期には、色とりどりのバラが咲き誇るのです。

三ノ輪橋停留場のホームと、ピンクや赤・オレンジなど色とりどりのバラが咲き誇る花壇の全景。
停留場前に広がるバラ花壇の全景。ピンク・赤・オレンジなど多彩な色のバラが一面に咲いているのが印象的。
白いフェンス越しに咲く、濃いピンク・マゼンタ色の大輪のバラのクローズアップ。
白いアーチフェンスの手前で咲き、花びらが幾重にも重なった濃いピンクの大輪バラ。豪華な花姿が目を引きます。
三ノ輪橋停留場から早稲田方向を望む風景。線路沿いに赤・白・ピンクのバラが続き、奥に都電の車両が見える。
停留場から線路沿いに続くバラ花壇を望む風景。線路とバラと街並みが一体となった三ノ輪橋の眺め。

都電荒川線沿線には、三ノ輪橋や町屋駅前など、5か所にバラ花壇が設けられています。

「荒川遊園地前停留場付近」
「三ノ輪橋停留場付近」
「荒川二丁目停留場付近」
「荒川二丁目南公園内」
「町屋駅前停留場付近」

その後、この取り組みは、日本観光協会主催の「花の観光地づくり大賞」で、平成17年度の大賞を受賞するまでに至りました。

ただし、荒川区の「区の花」は、バラではなく、ツツジです。
1979年(昭和54年)11月10日に、区民からの意見を募集したうえで決定しました。
ツツジが選ばれた理由は、区民からの希望が多かったこと。
そして、見た目に美しく、丈夫で栽培しやすいことなどです。

ではなぜ、ツツジではなく、バラだったのでしょうか。
バラが選ばれた理由については
「バラが選ばれたのは、美しく、華やかで、香りが良く、花期が長いため」
とされています。

都電荒川線の始発駅であり、終点駅でもある三ノ輪橋停留場。
象徴的なバラは、レトロな停留場の雰囲気ともよく合います。
(ブログ記事「チンチン電車が走る理由 ― 都電荒川線」を参考)

「荒川バラの会」の看板が立つバラ花壇。奥に都電の線路が見える。
「この花壇のバラは、私たちが大切に育てています。あたたかく見守ってください。荒川バラの会」と書かれた看板。ボランティアの手によって丁寧に管理されているバラ花壇で、奥には都電の線路が見えます。
三ノ輪橋停留場の全体風景。カメラを構えた撮影者たちと、沿道に続くバラ花壇。
停留場前の広場から沿線方向を望む風景。撮影に訪れた人たちの姿が見え、線路沿いに白・ピンク・黄色のバラが連なって植えられている様子がわかります。
停留場から線路沿いに続くバラ花壇を望む風景。線路とバラと街並みが一体となった三ノ輪橋の眺め。

日本人とバラの長い関わり

バラはもともと外来植物ではありません。
日本には、もともと
「ノイバラ(野バラ)」
がありました。
奈良時代末期の「万葉集」には
「棘腹(うばら)」
「荊(うまら)」
という古語で登場しています。
ただ当時は、鋭いトゲを防衛ツールとして利用していたようです。
花を愛でるというよりも、機能性や実用性に重きが置かれていました。

平安時代になると、中国から「栽培品種」が渡来します。
「源氏物語」にもバラが、繰り返し登場。
道端の野バラとは異なり、貴族が住む屋敷のバラとして記されています。
また「枕草子」にも「薔薇(さうび)」として登場して
「枝がごちゃごちゃして、うっとおしいけれど、それもまた趣きがある」
と記されています。

江戸時代になると、西洋バラが日本に伝わります。
日本は鎖国状態にあり、海外との交流は限られていました。
その中で、オランダなどの貿易を通じ、西洋の植物が紹介されることもあったのです。

そして、江戸時代後期(幕末)から明治時代。
日本のバラが、逆にヨーロッパのバラの歴史を大きく変えました。
フランスの育種家ギョー氏は、日本の「ノイバラ」をもとに、四季咲きで房咲きにする「ポリアンサ系統」を育成しました。
これが後に、現代のガーデンローズに欠かせない「フロリバンダ系統」へとつながっていったのです。

バラの野生種は、もともと日本に自生しており、栽培品種が中国や西洋から順次入ってきたという、重層的な歴史を持つ花なのです。
そんな歴史を知ってから訪れると、三ノ輪橋のバラは、また違った表情を見せてくれるかもしれません。

「ブルームーン」の品種名プレートと、薄紫色の大輪バラのクローズアップ。奥に都電の線路とホームが見える。
手前に「ブルームーン」の品種名プレートが置かれ、淡い青紫色の優雅な大輪バラが咲いています。奥には都電のホームが見え、停留場ならではの情景。
「三ノ輪橋」の駅名標とピンクのバラが手前に咲く、停留場正面の風景。
「三ノ輪橋」と書かれた駅名標とレトロな時計柱を背景に、淡いピンクと濃いピンクのバラが咲き誇っています。左下には黄色いバラも見えます。
アプリコットオレンジ色の一輪の大輪バラのクローズアップ。花びらの中心に向かって色が濃くなっている。
アプリコットからサーモンピンクへと移ろうグラデーションが美しい大輪のバラ。巻き花弁の中心部が特に鮮やかで、上品な印象があります。

ご感想・思い出などお寄せ下さい

タイトルとURLをコピーしました