バラに彩られた三ノ輪橋
「バラの路線」
とも言える都電荒川線(東京さくらトラム)の沿線。
特に終始点の三ノ輪橋停留場は、その象徴的な場所です。
荒川区では、1985年(昭和60年)より、ボランティアとともに、区内の植栽が可能な沿線にバラを植栽し始めました。
都電荒川線を区の「みどり軸」として位置づけ、バラによる緑化に取り組んだのです。
三ノ輪橋はその始発停留場であり、終点停留場の広場でもあること。
そのため、多くのバラが集まる象徴的な場所となりました。



その美しさは、1997年(平成9年)に「関東の駅百選」として評価されます。
「春には見事なバラが咲き揃う都内唯一の都電が走る停留場」として選ばれたのです。
バラの見頃は年に2回。
5月中旬~6月上旬の春と、10月中旬~11月上旬の秋に楽しめます。
現在、区内延長約4.8kmのうち植栽が可能な約4kmの区間に、約140種・13,000株のバラが植えられています。
花の時期には、色とりどりのバラが咲き誇るのです。



都電荒川線沿線には、三ノ輪橋や町屋駅前など、5か所にバラ花壇が設けられています。
「荒川遊園地前停留場付近」
「三ノ輪橋停留場付近」
「荒川二丁目停留場付近」
「荒川二丁目南公園内」
「町屋駅前停留場付近」
その後、この取り組みは、日本観光協会主催の「花の観光地づくり大賞」で、平成17年度の大賞を受賞するまでに至りました。
ただし、荒川区の「区の花」は、バラではなく、ツツジです。
1979年(昭和54年)11月10日に、区民からの意見を募集したうえで決定しました。
ツツジが選ばれた理由は、区民からの希望が多かったこと。
そして、見た目に美しく、丈夫で栽培しやすいことなどです。
ではなぜ、ツツジではなく、バラだったのでしょうか。
バラが選ばれた理由については
「バラが選ばれたのは、美しく、華やかで、香りが良く、花期が長いため」
とされています。
都電荒川線の始発駅であり、終点駅でもある三ノ輪橋停留場。
象徴的なバラは、レトロな停留場の雰囲気ともよく合います。
(ブログ記事「チンチン電車が走る理由 ― 都電荒川線」を参考)



日本人とバラの長い関わり
バラはもともと外来植物ではありません。
日本には、もともと
「ノイバラ(野バラ)」
がありました。
奈良時代末期の「万葉集」には
「棘腹(うばら)」
「荊(うまら)」
という古語で登場しています。
ただ当時は、鋭いトゲを防衛ツールとして利用していたようです。
花を愛でるというよりも、機能性や実用性に重きが置かれていました。
平安時代になると、中国から「栽培品種」が渡来します。
「源氏物語」にもバラが、繰り返し登場。
道端の野バラとは異なり、貴族が住む屋敷のバラとして記されています。
また「枕草子」にも「薔薇(さうび)」として登場して
「枝がごちゃごちゃして、うっとおしいけれど、それもまた趣きがある」
と記されています。
江戸時代になると、西洋バラが日本に伝わります。
日本は鎖国状態にあり、海外との交流は限られていました。
その中で、オランダなどの貿易を通じ、西洋の植物が紹介されることもあったのです。
そして、江戸時代後期(幕末)から明治時代。
日本のバラが、逆にヨーロッパのバラの歴史を大きく変えました。
フランスの育種家ギョー氏は、日本の「ノイバラ」をもとに、四季咲きで房咲きにする「ポリアンサ系統」を育成しました。
これが後に、現代のガーデンローズに欠かせない「フロリバンダ系統」へとつながっていったのです。
バラの野生種は、もともと日本に自生しており、栽培品種が中国や西洋から順次入ってきたという、重層的な歴史を持つ花なのです。
そんな歴史を知ってから訪れると、三ノ輪橋のバラは、また違った表情を見せてくれるかもしれません。





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