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山谷の旅館に泊まる宿泊客と山谷の学校への補足 | 生まれも育ちも東京の山谷 -山谷は日本三大ドヤ街のひとつです-

山谷の旅館に泊まる宿泊客と山谷の学校への補足

訛りを指摘された旅館の女将

「奥さん、●●(←他の地域名)でしょ〜う?」
「・・・あいにく、今、満室でして」

まだ昭和の頃。
宿泊するため、山谷の旅館を訪ねた方がいました。
その方は、接客対応で現れた女将の話し方を聞き、生まれ育った地域を当てたのです。
女将自身は、キレイな標準語で話していたつもりでした。
しかし、その話し方に訛りがあることを指摘され、カチンときたのです。
その旅館は空室があったのですが、頭にきた女将は、満室だと言って泊まらせなかったのでした。

朝の日の出会商店街。開店前の静かな通りに、山谷の一日が始まろうとしている。
朝の日の出会商店街。開店前の静かな通りに、山谷の一日が始まろうとしています。
日の出会商店街の路地。昭和の面影を残す建物が連なる風景。
日の出会商店街の路地。昭和の面影を残す建物が連なる風景。

旅館を訪ねてきた方は、悪気はなかったのだと思います。
もしかしたら、同じ地域の出身地か、その地域に住んでいたことがあったのかもしれません。
当時のことを思い出し、懐かしい気持ちになって、つい聞いてしまったようにも思いました。

中国地方から一都三県へきた方がいました。
その時に
「話し方が「訛っている」と言われた」
と、こぼしていたのです。
訛りを指摘した方も、深く考えてはいなかったのでしょう。
しかし、言われた方は傷つきます。
相手の話し方をからかったり、笑ったりすることは控えるべきですね。

朝の街並み。以前は旅館や個人宅が多かった。今は、マンションや駐車場も増えている。
朝の街並み。以前は旅館や個人宅が多かったのです。今は、マンションや駐車場も増えています。
旅館近くの路地の奥へと続く静かな道。早朝の山谷は、穏やかな空気に包まれている。
旅館近くの路地の奥へと続く静かな道。早朝の山谷は、穏やかな空気に包まれています。

山谷で出会った優しい大人たち

旅館の女将には、同級生の子がいました。
ちなみに、同級生のチャバちゃんではありません。
旅館の前に集まり、低学年の小学生たちが遊びます。

その旅館に宿泊する男性の方がいました。
ガテン系の雰囲気をお持ちのガッチリとした方。
その方は、買物へ行くと、子供たちにお菓子を買ってきてくれるのです。
旅館の前で、遊んでいたら、その方が買物を終えて、戻ってきました。
子供たちがいっせいに、泊まっている和室へと向かいます。
畳の上に座り、買物袋を開くガテン系の方。
そして、一人ひとりに、1個ずつお菓子を渡してくれました。
お菓子を受け取った子たちは、再び外へと向かいます。

商店街から入った路地の一角にたたずむ旅館。かつて多くの宿泊客を迎えたこの場所で、子供たちも遊んでいた。
商店街から入った路地の一角にたたずむ旅館。かつて多くの宿泊客を迎えたこの場所で、子供たちも遊んでいました。
商店街から路地へと入ったところ。山谷の日常が、ここにある。
商店街から路地へと入ったところ。山谷の日常が、ここにあります。

中学校に入った頃のこと。
同級生のチャバちゃんと、学習塾へ通っていました。
時間帯は、学校の授業が終わって帰宅してから。
いつもチャバちゃんと一緒に、塾へと向かいます。
そして、塾が終わった帰り。
あさひ会商店街にあるマーケットの前で、ご年配の男性と出会いました。
ネクタイのないシャツの上に、ジャケットを着用。
スレンダーで背が高く、穏やかな方だった記憶があります。

「僕の学歴を聞いたら、君たち、驚いちゃうよぉ」

そう笑って話されていました。
何をきっかけに、その方と話したのかは覚えていません。
しかし、話し方や表情に、知性と品位があったのです。

そして、その方は、マーケットの方に声をかけました。

「この2人にも、肉まんを」

そう言って、チャバちゃんと自分にも、肉まんを2個ずつ買ってくれたのです。
店員の方から、ビニール袋に入った肉まんをそれぞれ受け取り、帰宅しました。

新旧の建物が混在する山谷の交差点。再開発が進む中にも、昭和の面影を残す街並みが残っている。朝の空に広がる雲が、この街の今を映し出す。
新旧の建物が混在する山谷の交差点。再開発が進む中にも、昭和の面影を残す街並みが残っているのです。朝の空に広がる雲が、この街の今を映し出しています。
山谷のバス停。左手には緑の植え込みを持つビジネスホテル。
山谷のバス停。左手には緑の植え込みを持つビジネスホテル。

中学、高校と卒業をし、さらに進学。
法学の授業。
弁護士の資格も持つドクターが、山谷にお住まいの方について
「山谷にいる方、決してバカにはできません。はるかに学のある方がいらっしゃいます」
と話をされました。
その時、脳裏に浮かんだのは

「僕の学歴を聞いたら、君たち、驚いちゃうよぉ」

肉まんを買ってくれた、あの知性と品位をお持ちの方。
何かしらのご事情で、この地域にお住まいになったのでしょう。

その後、あのお2人が、どうされたのかは、わかりません。
しかし時が経っても、今でも忘れることはないのです。
見ず知らずの子供に、優しく接して下さったこと、感謝しています。

アサヒ会商店街の朝。かつて塾帰りの子供たちが歩いたこの通りに、温かな記憶が残る。
アサヒ会商店街の朝。かつて塾帰りの子供たちが歩いたこの通りに、温かな記憶が残っています。
アサヒ会商店街の街並み。地域の人々の暮らしを長年支えてきた商店街。
アサヒ会商店街の街並み。地域の人々の暮らしを長年支えてきた商店街。

山谷の学校に関するSNSの話

SNSに、山谷にあった中学校のことが書かれていました。
その内容は
「昔、山谷にあった中学校の生徒は、窓から外を眺めてはいけなかった。カーテンは閉めっぱなし。道路を歩いている時も、生徒たちはドヤの2階を見てはいけなかった。この話を、桜橋で出会ったご高齢の方お二人が、同じことを言っていた」
というものです。

山谷にあった中学校ですが、窓から外を眺めることを、禁止されたことはありません。
また、いつも窓はカーテンでおおわれてもいないのです。

なぜ、そのご高齢の方お二人が、そのように話されていたのか。
それは、わかりません。
推測になりますが
「日差しが強い時だったのではないか」
と思います。
直射日光が当たると眩しいので、窓にカーテンを引くことはあります。

商店街から路地へ。かつての中学校へと続く道。
商店街から路地へ。かつての中学校へと続く道。
もとは公立の中学校だった校舎。現在は高齢者施設として、今も地域の人々の暮らしを支え続けている。
もとは公立の中学校だった校舎。現在は高齢者施設として、今も地域の人々の暮らしを支え続けています。

日差しが強い真夏の日中。
そのお二人の方は、中学校の前を歩くと、窓はカーテンにおおわれている。
直射日光を避けるためでも、外にいると、教室内のことはわからない。
そのため、疑問に思われたのかもしれません。

そして、中学校近くにある住宅街。
その2階を見ることを禁止されるということもありません。
公立学校の場合、通ってくる生徒は、その住宅街に住んでいる子供たちなのです。
自分たちが住んでいる地域。
その2階を
「見てはいけない」
と、禁止にする理由がわかりません。

SNSにあった記述については
「そのようなことはありません」
と伝えさせて頂きました。

今日はゴミ収集日。早朝から地域の美化のために働くゴミ収集スタッフの方々の姿。街の清潔はこうして守られている。
今日はゴミ収集日。早朝から地域の美化のために働くゴミ収集スタッフの方々の姿。街の清潔はこうして守られています。
朝の山谷。ゴミ収集車が静かな通りを走る。見えないところで街を支える人たちがいる。
朝の山谷。ゴミ収集車が静かな通りを走ります。見えないところで街を支える人たちがいるのです。

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