「山」も「谷」もないけど、ここは「山谷」と呼ばれています。
山谷の字を見ると、山や谷を切り開いた、坂道の多い土地を想像します。
しかし、山谷には坂道がなく、どこまでも平坦なのです。
そのため、ご年配の方は、足に負担をかけずに歩ける地域でもあります。
意識して、坂を探すと「土手通り」に接したあたりは、若干勾配(=水平面に対する傾き)があるようにも見えます。
ただ急な勾配ではなく、坂と呼ぶほどではありません。
それとも「山」や「谷」に縁のあるものがあったのでしょうか。
山谷と呼ばれるようになったのは、いくつかの説があります。


地形に由来する説
最も有力なのは地形由来です。
現在の台東区・荒川区にまたがるこのエリア。
かつて小さな谷地(低湿地)が入り組んだ地形だったと言われています。
「山」と「谷」が交互に現れるような微地形だったことから
「山谷と呼ばれるようになった」
という説です。
ただし「山」といっても、標高差はわずかで、台地の縁と低地の境目のような地形的特徴を指したものと考えられています。


「三屋」または「三家」が転じた説
現在の浅草付近に、古くから「3軒の民家(あるいは宿屋・茶屋)」がぽつんと建っていたことがルーツという説。
最初は「三屋(みつや)」や「三家(さんけ)」と呼ばれ、それがいつしか「さんや」という響きとなって「山谷」の漢字が当てられたという説もあります。


奥州街道の「山谷(さんや)」にちなむ説
現在の荒川区南千住あたりから台東区にかけての一帯は、かつて奥州街道や日光街道へとつながる交通の要所でした。
旅人が江戸の街に入る手前、あるいは旅立つ直前に息を整える
「山間の谷のような静かな場所(あるいは最初の宿場的な集落)」
という意味合いから名付けられたという説もあります。
江戸時代はこの一帯に、木賃宿(きちんやど)、1日単位で働く人々の宿場が集まっていました。
江戸へ出入りする旅人や働く方たちの滞在地として栄えていたのです。


ちなみに、地名の「山谷」は
「もともと「やまや」と読んでいた。それがなまって「さんや」になった」
という説もありました。
ただし、現在の地図を見ても「山谷」という町名はありません。
昔から地域を指す通称として、使われ続けてきた名前です。
「山」も「谷」もない不思議な地名。
正式な地名はなくても 「山谷地区」 「山谷地域」「山谷の〜」など、今でも広く使われています。



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