「あしたのジョー」「巨人の星」「タイガーマスク」
昭和の子供たちの心を、熱く掴んだ、数々の名作。
その原作者、梶原一騎(かじわら いっき)氏です。
実は、この梶原氏も、山谷にゆかりのある人物だということを、ご存じでしょうか。

かつて泪橋は小塚原の刑場へ向かう道で、見送る者と旅立つ者が、涙を流して別れたと伝わっています。
橋場に生まれた、物語の作り手
梶原一騎氏 一 本名・高森朝樹(たかもり あさき)氏は、1936年(昭和11年)、東京に生まれました。
生まれた場所は、浅草区石浜。
今の台東区橋場になります。
山谷のすぐ隣です。
ただ、梶原氏は、生まれてまもなく、この地を離れ、引っ越したと伝えられています。
従って、山谷で育ったわけではありません。
しかし、この土地に生を受けたことは、確かな事実です。
ここで、ひとつの想像ができます。
「あしたのジョー」には、山谷の泪橋(なみだばし)が出てきます。
主人公・矢吹丈(やぶき じょう)が、汗と血を流したのはドヤ街。
作品中に川が登場しますが、梶原氏が生まれた頃、泪橋には川はすでになかったのです。
もし、梶原氏がもう少し長く、この山谷で暮らしていたら、泪橋の描き方も、また違ったものになっていたのかもしれません。
貧しさから、はい上がる主人公たち
梶原一騎氏の描いた物語には、ある共通点があります。
主人公の多くが、恵まれない境遇から、はい上がっていくのです。
「あしたのジョー」の矢吹丈は、身寄りのない、ドヤ街の若者でした。
「巨人の星」の星飛雄馬(ほし ひゅうま)は、貧しい家に生まれ、父の厳しい特訓に耐えて、プロ野球選手を目指します。
「タイガーマスク」の伊達直人(だて なおと)は、孤児院で育った、身寄りのない子でした。
皆、恵まれない場所から始まります。
そして、血のにじむような努力と、幾多の死闘(しとう)を経て、頂点へと駆け上がっていくのです。
梶原氏の作品が、なぜ、あれほど多くの人の心を掴んだのか。
それは、こういうことだと思います。
今、貧しく辛い環境であっても、本人の頑張り次第で、未来は開ける。
その、まっすぐな信念が、物語の芯に、太く通っているからのように思います。
戦後の日本で、懸命に生きた人々にとって、これほど胸を熱くする物語は、なかったでしょう。

新しい建物が増え、町の姿は少しずつ移り変わっています。
山谷が生んだ、ふたりの人物
この山谷には、もうひとり、逆境と深く結びついた人物がいます。
画家・山下清画伯です。
以前の記事で、この地で生まれた山下画伯のことを書きました。
画家・山下清画伯と、原作者・梶原一騎氏。
このふたりが、同じ山谷の地に、生を受けています。
山下清氏は、貧しさやハンデといった逆境を、みずから乗り越えて、大成しました。
梶原一騎画伯は、逆境から立ち上がる主人公を、描き続けました。
ひとりは、その生き方で。
ひとりは、その作品で。
山谷という土地から、これほどの人物が育ち、生まれている。
貧しさと結びつけて語られることの多い、この地。
けれど、それだけの町ではないのだと、ふたりの人物は、教えてくれます。

今も昔の面影を残しながら、泪橋の町は続いています。
泪橋から、土手通りへ。
ジョーが生きたこの町を、今日も、人々が行き交っています。

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