なぜ山谷には駅がないのか
「え! 東京で、バス使っているの?」
と、驚かれることもしばしば。
山谷の地域には、鉄道や地下鉄の駅はありません。
そのため、交通はバスを利用します。

現在の台東区日本堤、清川、東浅草付近に、鉄道の駅が直接存在しないのは、なぜでしょうか。
その理由には
「歴史的な経緯」
「土地の利用目的」
「地理的な条件」
が複雑に絡み合っていたのです。
山谷のすぐ近くには、かつて隅田川駅という、巨大な貨物専用駅が設置されました。
現在の隅田川貨物駅です。
このエリアは江戸時代から隅田川があります。
そして明治以降は、鉄道が登場。
隅田川の水運。
鉄道の陸運。
物流の要所として、隅田川駅は設計されました。
旅客の人間を運ぶ駅よりも、物資を運ぶための線路と施設が、優先的に配置されたのです。
貨物鉄道と物流の拠点とされたため
「居住エリアのど真ん中に、旅客駅を作る余地が少なかった」
という側面があります。



山谷は古くから、江戸や東京の外れでした。
日光街道で、最初の宿場町(しゅくばまち)となった千住。
山谷はその手前に位置します。
リーズナブルな価格で泊まれる「木賃宿(きちんやど)」が集まる地域でした。
明治以降、都市開発が進みます。
その中で、山谷は1日単位で働く人々が集まる地域として発展しました。
これが「ドヤ街」です。
鉄道の整備は、主に官庁や商業地、山の手方面から都心へ通勤する人々の住宅地をつなぐように進めらました。
特定の労働市場に特化した地域は、大規模な駅設置の優先順位から「外れた」と考えられます。


山谷の地域は、様々な駅に囲まれています。
●北側: 南千住駅(JR・メトロ・つくばエクスプレス)
●南側: 浅草駅(メトロ・都営・東武)
●西側: 三ノ輪駅(メトロ)
それぞれの駅から徒歩30分程度でアクセスできる場所に位置。
鉄道事業者からすれば
「新しく駅を作るほどの空白地帯ではない」
という判断になりやすい距離感です。

駅がなくても成り立ってきた町
さらに、都電の廃止。
かつて、山谷のメインストリートである「吉野通り」には「都電(路面電車)」が走っていました。
細かく停留所があり、駅より便利で、地域の足だったのです。
そのため、地下鉄といった大規模な駅を新設する必要がなかったこともあります。
しかし、高度経済成長期の自動車普及に伴い、1970年代までに都電は、ほぼ廃止されました。
現在は、三ノ輪橋から早稲田をつなぐ都電荒川線のみ。
もし、都電が存続していれば、現在のような
「鉄道空白地帯」
という印象は薄かったかもしれません。
現在、山谷では鉄道の代わりに、都営バスが高頻度で運行。
浅草や上野、東京駅方面への移動手段として、都バスが機能しています。
(ブログ記事「チンチン電車が走る理由 ― 都電荒川線」を参考)



「都バスがあるなら、鉄道がなくても困らないよね」
この考えは、居住に限って言うと、間違ってはいません。
しかし、都バスの定期券は、鉄道の定期券とは別扱いになるため、通勤手当の申請で不利になることも多々あります。
就業の際、通勤手当を申請すると
「バス代がかかるのか」
と、会社から難色を示されることは珍しくありません。
しかし、日が落ちた夜、山谷の地域は眠りに落ち、シーンと静まり返ります。
一人での移動には注意が必要です。
この不便さもまた「山谷」という地域のかたちなのでしょう。


山谷は
「駅に選ばれなかった町」
という見方もありますが
「駅に頼らずに生きてきた町」
とも言えます。
だからこそ
「三ノ輪から歩く道」
「南千住から向かう流れ」
「浅草から少し離れた静けさ」
という、この距離感そのものが、山谷の空気を作っているのかもしれません。



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