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人形焼き ― 江戸の粋と明治の創意工夫 | 生まれも育ちも東京の山谷 -山谷は日本三大ドヤ街のひとつです-

人形焼き ― 江戸の粋と明治の創意工夫

東京を代表する、縁起物の焼き菓子

人形焼きは、東京を代表する伝統的な焼き菓子のひとつです。
始まりは、明治時代初期の東京都中央区にある日本橋人形町。
その名の通り「人形町」で生まれたから「人形焼き」と呼ばれています。

当時、この地域は江戸時代から続く「人形浄瑠璃」や「歌舞伎」で栄えていました。
そこで人形をかたどった焼き菓子が考案されたのが「人形焼き」です。

現在はアニメのキャラクターものもある人形焼き。
最初の人形焼きは「七福神」の顔をかたどったものが主流でした。
江戸っ子にとって縁起物は欠かせない存在。
「七福神を食べて福を取り込む」
という意味が込められていました。

人形焼きで「七人」ではなく「六人」の七福神しか入っていないこともあります。
これは
「お客様自身の笑顔が加わって七福神になる」
という
「粋な計らいから」
とも言われています。

縁起の良い形が使われたのは、江戸時代から続く
「縁起物を食べる文化」
と結びついたのです。

その後、人形焼きは、浅草の仲見世などにも広がります。
伝統の形から、浅草ならではの形が登場したのです。
「五重塔」
「雷門」
「提灯」
といった、浅草の名所をモチーフにしたもの。
観光客の定番土産となりました。

人形焼きの生地は、小麦粉・卵・砂糖をベースにしており、カステラに近いです。
ただ、人形焼きはより密度が高く、しっとりとした食感が特徴。
鉄製の型で一つずつ焼くため、和菓子と洋菓子の中間のような存在かもしれません。

人形焼きには
「餡(あん)あり」
「餡(あん)なし」
があります。
元祖とされる日本橋のお店では、当時から両方が親しまれていました。

浅草系と人形町系の違い

では、浅草の人形焼きと、人形町の人形焼きで、違いはあるのでしょうか。
両者には、いくつかの違いがあるようです。

【浅草の人形焼き】

  • 発祥・由来:観光地として発展する中で広まったもので、浅草寺参拝客向けのお土産・縁日菓子として定着。
  • 形・デザイン:雷門・仲見世・五重塔など浅草らしい観光モチーフや、歌舞伎の隈取などバリエーション豊富。
  • 味・食感:生地がふんわりしたものや、あんこたっぷりのボリューム系など、観光客向けに食べ歩きしやすいスタイルが多い。
  • サイズ:小ぶりで食べ歩き向き。
  • 雰囲気・売り方:仲見世の店頭で焼きたてを販売する実演スタイルが多く、にぎやかな観光ムード。

【人形町の人形焼き】

  • 発祥・由来:「人形焼き」の名前の発祥地とされており、人形浄瑠璃の文化と結びついた歴史的なルーツがある。
  • 形・デザイン:七福神の形が代表的で、伝統的・格式ある意匠が多い。
  • 味・食感:どちらかというとあんこの質にこだわり、上品な甘さのものが多い印象。
  • サイズ:やや大きめ。
  • 雰囲気・売り方:地元の常連客も多く、老舗の落ち着いた店構えで販売。

最近では、カスタードや抹茶などの変わり種の餡もあり、伝統を守りつつも進化を続けています。

ちなみに、焼きたては外がカリッとしている人形焼き。
時間が経つと生地と餡が馴染んでしっとりします。
どちらのタイミングで食べるかも、人形焼きの楽しみのひとつです。

人形町が伝統の味だとすれば、浅草は楽しさとにぎわいの味。
同じ人形焼きでも、その背景には異なる文化が息づいています。

可愛い七福神をかたどった人形焼きが並ぶイラスト(イラスト:AI作成)。
七福神の形をした人形焼きのイラスト。縁起物として親しまれてきた、人形焼きの伝統的なモチーフをやさしいタッチで描いています(イラスト:AI作成)。

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浅草の仲見世で焼きたてを味わうのも、人形焼きの楽しみのひとつ。
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