「おすわさま」として愛される知る人ぞ知る社
台東区駒形1丁目。
バンダイ本社ビルのほぼ隣に「諏訪神社」がひっそりと佇んでいます。
通称「浅草駒形諏訪神社」または「おすわさま」と呼ばれる、ビルに挟まれた小さな神社です。
蔵前駅(都営大江戸線)から江戸通りを浅草方面へ数分歩くだけでたどり着けます。
一見するとごく小さな社ですが、歴史や由緒を紐解くと、この地域の変遷と深く関わりのある興味深い古社であることが分かります。


創建の伝承と江戸時代の賑わい
創建の正確な年代は不詳ですが、古い伝承がいくつか残されています。
一説には平安時代中期、後冷泉天皇の御代(1045~1068年)の創建とも言われています。
神社の口コミや由緒書きで有力とされるのが、鎌倉時代・承久の乱(1221年)の後に、信濃国諏訪郡(現在の長野県)の神主が、諏訪大社の上社から御分霊をこの地に勧請(移し祀る)したという説です。
鎌倉時代、諏訪信仰は武家守護の神として関東に広く普及しました。
天正年間(1573~1592年)以前から神職が数代にわたって奉仕していた記録があり、古くは台風の時期に作物の風害を避ける「風祭りの神事(八剣の祭)」が行われていたとも伝わっています。
江戸時代、この一帯は「浅草諏訪町(あさくさすわちょう)」と呼ばれ、神社がその地名の由来となりました。
「御府内備考」にも「諏訪神社が鎮座していたことから諏訪町とした」と記録されています。
当時の境内は現在とは比べものにならないほど広く、広大な神社の森の一角を占めて「宮戸森(みやどのもり)」と呼ばれていました。
「江戸名所図会」の「三島明神社 諏訪明神社」の項にも描かれており、奥州街道(現在の江戸通り)に面した鳥居と大きなお神輿、多くの参拝者が集う賑やかな様子が記録されています。
度重なる江戸の大火に遭いながらも、その都度地域の人々によって再建されてきた「神徳のあつい神社」です。
なお、江戸時代には浅草寺の十二衆徒の一院であった「修善院」(現在は廃寺)が別当として神社を管理していました。


現在の境内とみどころ
明治時代には「村社」に列格しましたが、大正期の関東大震災、昭和の東京大空襲を経て周辺は大きな被害を受けました。
戦後の区画整理や復興の過程で社地は徐々に縮小され、昭和9(1934)年の町名変更にともない旧「浅草諏訪町」の大部分は現在の「駒形」へと編入されています。
現在の境内はコンパクトながら、見どころがいくつかあります。
小さな社殿には、総本社である長野の諏訪大社と同じ「諏訪梶(すわかじ)」の御神紋が掲げられており、確かな格式を伝えています。
拝殿の前には古風でどこか愛嬌のある小ぶりの狛犬が鎮座し、訪れる人を迎えてくれます。
すぐ隣にはキャラクターのスタチューが並ぶバンダイ本社ビル、近隣には「駒形どぜう本店」などの老舗も構えているのです。
かつて蔵前・駒形一帯の地名の由来となり、今も「おすわさま」として地域を見守り続けるこの神社。
散策の際に立ち寄ってみると、江戸の昔の街道筋の風景に思いを馳せることができます。


アクセス
所在地:東京都台東区駒形1-4-15
交通:都営大江戸線「蔵前駅(A6出口)」から徒歩約5~7分/東京メトロ銀座線・都営浅草線「浅草駅」から徒歩約8~10分/東京メトロ銀座線「田原町駅」約8~10分



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