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石濱神社(石浜神社) | 生まれも育ちも東京の山谷 -山谷は日本三大ドヤ街のひとつです-

石濱神社(石浜神社)

創建そして源頼朝や関東武士との関わり

泪橋交差点から隅田川へ向かって明治通りを歩くと、大きな神社が見えてきます。
石濱神社(いしはまじんじゃ)です。
荒川区南千住三丁目、白鬚橋の西詰近くに鎮座する、荒川区内でも特に古い神社。
隅田川沿いの広い境内と、多くの境内社が並ぶ姿には、この地域が長いあいだ水陸交通の要所だった歴史が表れています。

石濱神社公式「ご由緒」によれば、奈良時代の神亀元年(724年)9月11日、聖武天皇の勅願によって創建されたと伝わっています。
2024年には鎮座1300年を迎えました。

御鎮座1300年の記念碑
御鎮座1300年の記念碑

主祭神は、伊勢神宮と同じ二柱です。

・天照大御神(あまてらすおおみかみ) – 伊勢神宮内宮の祭神。太陽と国家安泰を守る神
・豊受大御神(とようけのおおみかみ) – 伊勢神宮外宮の祭神。食物や産業を守る神

このため、古くから
「石浜神明宮」
「神明さま」
と呼ばれてきました。
江戸から遠い伊勢神宮を身近に拝める神明社として、人々の信仰を集めたのでしょう。

「石浜城北公園」を通ると「石濱神社」の境内へとつながる
「石浜城北公園」を通ると「石濱神社」の境内へとつながる
「石濱神社」の鳥居へと続く参道
「石濱神社」の鳥居へと続く参道
手水鉢から甕(かめ)に注ぎ落ちた音の響きを愛でる「水琴甕(すいきんがめ)」
手水鉢から甕(かめ)に注ぎ落ちた音の響きを愛でる「水琴甕(すいきんがめ)」
「都鳥」の説明板
「都鳥」の説明板

文治5年(1189年)、源頼朝氏が奥州藤原氏を討つために出兵。
神社の伝承では、その際、石濱神社へ社殿を寄進したとされます。

また、弘安4年(1281年)の蒙古襲来、いわゆる「弘安の役」では、必勝祈願が行われました。
鎌倉将軍家の取り次ぎによる「官幣(かんぺい)」が奉納されたと伝わります。
官幣とは、朝廷や政府が、重要なお祭りに際し、格式の高い神社へ、神に捧げる布や品物といった「幣帛(へいはく)」を奉ったり、その幣帛そのものを指します。

さらに、千葉氏や宇都宮氏をはじめとする関東武士の崇敬を受けました。
「関八州から参詣者が訪れる大社になった」
とされています。
千葉氏や宇都宮氏は、鎌倉幕府の成立を支えた有力な御家人です。

「石濱神社茶屋」の全景
「石濱神社茶屋」の全景
「石濱神社茶屋」の説明版
「石濱神社茶屋」の説明版
「石濱神社茶屋」の近くにある休憩処
「石濱神社茶屋」の近くにある休憩処
「石濱神社茶屋」の前にある参道
「石濱神社茶屋」の前にある参道

そして、この周辺には中世の「石浜城」があったという伝承もあります。
ただ、城の正確な位置や構造には不明な点も多く、断定はできません。
なお、石濱神社の前には「石浜城北公園」という、子供が遊ぶ遊具が置かれた公園となっています。

明治通りに面した「石浜城北公園」
明治通りに面した「石浜城北公園」
「石浜城北公園」の公園銘板(こうえんめいばん)
「石浜城北公園」の公園銘板(こうえんめいばん)

隅田川とともに栄えた神社

石濱神社は、隅田川と非常に深い関係を持っています。

江戸時代、この辺りは「真崎」「橋場」と呼ばれました。
付近には隅田川を渡る「橋場の渡し」があり、人や物資が行き交う交通の要所だったのです。
白鬚橋が架けられる以前は、渡し船が両岸を結んでいました。

「石浜城北公園」前に「石浜神社と隅田の渡し」の説明板がある
「石浜城北公園」前に「石浜神社と隅田の渡し」の説明板がある
あらかわの史跡・文化財「石浜神社と隅田の渡し」の説明板
あらかわの史跡・文化財「石浜神社と隅田の渡し」の説明板

当時の境内付近からは
・東に隅田川
・西に富士山
・北に筑波山
を望めたとされ、川辺の景勝地としても知られたのです。

現在は石濱神社に併合された真崎稲荷神社は「江戸名所図会」や歌川広重の浮世絵にも繰り返し描かれています。

今は建物に囲まれていますが、江戸時代には、参詣と隅田川の眺望を一緒に楽しむ場所だったようです。

参道の両側に「石濱神明宮」の幟(のぼり)がある
参道の両側に「石濱神明宮」の幟(のぼり)がある
石段をあがると鳥居が続く
石段をあがると鳥居が続く
鳥居の側に浅草名所七福神の「壽老人」の案内版がある
鳥居の側に浅草名所七福神の「壽老人」の案内版がある
「明治百年」「遷宮記念」などの石碑
「明治百年」「遷宮記念」などの石碑
「永代常夜燈」の灯籠や「献木銀杏一樹」の石碑がある
「永代常夜燈」の灯籠や「献木銀杏一樹」の石碑がある

石濱神社は、長い歴史の中で、地域の神社や信仰が集められてきました。
独立していた神社が合祀・併合された例もあれば、職人や富士講など、地域の人々の信仰によって境内に祀られたものもあります。

主な境内社・信仰施設は次のとおりです。

境内社など由緒・特徴
真崎稲荷神社天文年間、千葉之介守胤が一族の繁栄と武運を祈って祀ったと伝わる神社。「真先かける武功」から真先稲荷と呼ばれたとされ、1926年に石濱神社へ併合
招来稲荷神社「おいで稲荷」と読む。豊受姫神を祀り、真崎稲荷の奥宮とされた
江戸神社天文年間に江戸太郎重長が勧請した牛頭天王社を起源とし、橋場の鎮守だった
北野神社菅原道真を祀る。明和4年(1767年)に勧請されたと伝わる
妙義八幡神社日本武尊と誉田別命(応神天皇)を祀る
麁香神社「あらかじんじゃ」と読む。家屋の守護神・大工の祖神を祀り、江戸の職人たちの信仰を集めた
富士遥拝所宝暦8年(1758年)建立。江戸時代に盛んだった富士講・富士信仰を伝える
寿老神浅草名所七福神の一社。昭和52年(1977年)の七福神復活時に奉安

特に「真崎稲荷神社」は、江戸時代には石濱神社と並ぶ名所でした。

境内の鳥居
境内の鳥居
御本殿の右に鎮座する狛犬様
御本殿の右に鎮座する狛犬様
御本殿の左に鎮座する狛犬様
御本殿の左に鎮座する狛犬様

境内に残る江戸時代のもの

境内には社だけでなく、江戸時代の信仰や隅田川文化を伝えるものも残っています。
・第二鳥居:寛延2年(1749年)
・富士遥拝所:宝暦8年(1758年)
・北野神社:明和4年(1767年)勧請
・麁香神社:安永8年(1779年)鎮座
・第一鳥居:安永年間の建立
・都鳥歌碑:文化2年(1805年)
・日本大工祖神の碑:安政4年(1857年)
・元禄前後に造られた庚申塔

御本殿へと続く境内の参道
御本殿へと続く境内の参道
「神興庫」には御神輿が納められている
「神興庫」には御神輿が納められている
広々とした境内
広々とした境内
御本殿を前に右手の鳥居を出ると「川の手通り」に出る
御本殿を前に右手の鳥居を出ると「川の手通り」に出る
「石濱神社」御本殿の全景
「石濱神社」御本殿の全景

「都鳥歌碑」には「伊勢物語」の在原業平による有名な歌が刻まれています。

名にし負はば いざ言問はむ都鳥
わが思ふ人は ありやなしやと

この歌碑も、石濱神社が単なる地域の鎮守ではなく「隅田川の名所」として意識されていたことを伝えています。

「石濱神社」の立派な御本殿
「石濱神社」の立派な御本殿
浅草名所七福神巡り「壽老人」の石碑
浅草名所七福神巡り「壽老人」の石碑
「祟神」の石碑
「祟神」の石碑
御本殿前にも石碑が並んでいる
御本殿前にも石碑が並んでいる
亀田鵬斎詩碑などの石碑
亀田鵬斎詩碑などの石碑
歴史ある石碑が並ぶ
歴史ある石碑が並ぶ
「富士遙拝所」と「白狐神」が祀られている「白狐祠(びゃっこし)」
「富士遙拝所」と「白狐神」が祀られている「白狐祠(びゃっこし)」
「富士講関係石造物群」の木碑
「富士講関係石造物群」の木碑
「真先稲荷神社」の奥宮として祀られている「招来稲荷神社(おいでいなりじんじゃ)」
「真先稲荷神社」の奥宮として祀られている「招来稲荷神社(おいでいなりじんじゃ)」
御本殿前の右に鎮座する狛犬様
御本殿前の右に鎮座する狛犬様
口の中にお賽銭を入れることができる頭部のみの狛犬様
口の中にお賽銭を入れることができる頭部のみの狛犬様
御本殿前の左に鎮座する狛犬様
御本殿前の左に鎮座する狛犬様

現在の本殿は、昭和12年(1937年)に完成した神明造で、設計は建築家・建築史家の伊東忠太氏。
伊東忠太は、築地本願寺や平安神宮などにも関わった人物です。

拝殿は昭和63年(1988)に完成。
現在の境内が比較的新しく、広く整って見える一方、鳥居・石碑・庚申塔などは江戸時代以来の歴史を伝えています。

「石濱神社」の拝殿
「石濱神社」の拝殿
「石濱神社」に併合された「真崎稲荷神社」
「石濱神社」に併合された「真崎稲荷神社」
拝殿の左にある社務所
拝殿の左にある社務所
拝殿の右に、境内社・合祀殿として複数の神様や神社が一緒に祀られている
拝殿の右に、境内社・合祀殿として複数の神様や神社が一緒に祀られている
合祀された境内社・合祀殿も参拝できる
合祀された境内社・合祀殿も参拝できる
内社・合祀殿の扁額
内社・合祀殿の扁額

まとめると、石濱神社は
「奈良時代創建と伝わる神明社」
「関東武士から信仰された中世の大社」
「隅田川を望む江戸の名所」
「地域の神社や多様な信仰を受け入れてきた総鎮守」
という、いくつもの特徴や見どころを重ね持つ神社。
1300年にわたる地域の歴史が一か所に集められていると考えると、とても興味深い古社と言えます。

拝殿前から見た「石濱神社」の境内
拝殿前から見た「石濱神社」の境内
拝殿前から見える隅田川の上空
拝殿前から見える隅田川の上空

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