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【2026年(令和8年)春】玉姫稲荷神社のこんこん靴市|山谷の靴文化と歴史 | 生まれも育ちも東京の山谷 -山谷は日本三大ドヤ街のひとつです-

【2026年(令和8年)春】玉姫稲荷神社のこんこん靴市|山谷の靴文化と歴史

靴を作る氏子たち

春の山谷で、ひときわ賑わいを見せるお祭りがあります。
玉姫稲荷神社で開催される「こんこん靴市」です。

玉姫稲荷神社では、4月最終土日に「こんこん靴市」が開催され、11月最終土日に「靴のめぐみ祭り市」が開催されます。
「靴の祭り市」とも言われています。
今年(2026年)は、4月25日(土)26日(日)が開催日。
玉姫稲荷神社の周囲も、とても賑やかで活気があります。

当日は、30社以上の靴メーカーが境内に出店。
10万足以上の靴やバッグ、財布などの皮革製品が、6~8割引で販売されます。
ただ、このお祭りは、単なる即売会ではなく、山谷地域の地場産業の歩みそのものなのです。

革靴がずらっと陳列された壁面ディスプレイが壮観な出店ブース。段ボール箱に積まれた在庫と、熱心に品定めをする来場者の姿。
革靴がずらっと陳列された壁面ディスプレイが壮観な出店ブース。段ボール箱に積まれた在庫と、熱心に品定めをする来場者の姿。
交差点の一角に「キムチ」の黄色い幟とテントが見える。玉姫稲荷神社周辺の路地にも露店が広がり、お祭りの賑わいが街中にあふれ出している。
交差点の一角に「キムチ」の黄色い幟とテントが見える。玉姫稲荷神社周辺の路地にも露店が広がり、お祭りの賑わいが街中にあふれ出していました。
革靴やブーツが並ぶテント前で、来場者が熱心に品を選ぶ。奥には衣料品の出店も続き、靴市の会場が通り沿いに長く伸びている様子がわかる。
革靴やブーツが並ぶテント前で、来場者が熱心に品を選ぶ。奥には衣料品の出店も続き、靴市の会場が通り沿いに長く伸びている様子がわかります。
ハンガーラックに春物の衣料品が並ぶ出店コーナー。靴だけでなく、バッグや衣類なども取り揃えられており、「靴の祭り市」の幅広いラインナップを物語る。
ハンガーラックに春物の衣料品が並ぶ出店コーナー。靴だけでなく、バッグや衣類なども取り揃えられており、「靴の祭り市」の幅広いラインナップを物語っています。
青空のもと、道路に沿って連なるテントと人の列。衣料品やバッグの出店が続き、30社以上が軒を連ねる「こんこん靴市」の規模の大きさが伝わってくる。
青空のもと、道路に沿って連なるテントと人の列。衣料品やバッグの出店が続き、30社以上が軒を連ねる「こんこん靴市」の規模の大きさが伝わってきます。
曇り空のもと、露店と行き交う人々。衣料品のハンガーラックが路上に並び、近隣住民や遠方からの来場者が思い思いに品を手に取る。
曇り空のもと、露店と行き交う人々。衣料品のハンガーラックが路上に並び、近隣住民や遠方からの来場者が思い思いに品を手に取っていました。
「お買得品」の看板が並ぶ雑貨・日用品コーナー。ネクタイ、マスクなど多様な商品が展開され、靴以外の出店も多彩であることが見て取れる。
「お買得品」の看板が並ぶ雑貨・日用品コーナー。ネクタイ、マスクなど多様な商品が展開され、靴以外の出店も多彩であることが見て取れます。

玉姫稲荷神社の創建は、760年(天平宝字4年)と伝えられています。
非常に長い歴史ある神社です。
神社の周囲は、皮革産業が地場産業として根付いており、 氏子のなかに製靴業者が名を連ねています。
(ブログ記事「玉姫稲荷神社」を参考)

「超吸水速乾ヘアドライタオル」「こんこん祭りだよ」の賑やかな幟が並ぶタオル・日用品ブース。奥にはテントが連なり、境内周辺一帯に広がる市の活気が感じられる。
「超吸水速乾ヘアドライタオル」「こんこん祭りだよ」の賑やかな幟が並ぶタオル・日用品ブース。奥にはテントが連なり、境内周辺一帯に広がる市の活気が感じられました。
テント下に靴がずらりと並ぶ販売コーナー。1,000円〜3,500円の値札が並び、サンダルやスニーカーなど多彩な靴が来場者を迎える。
テント下に靴がずらりと並ぶ販売コーナー。1,000円〜3,500円の値札が並び、サンダルやスニーカーなど多彩な靴が来場者を迎えます。
玉姫稲荷神社の大きな鳥居を背景に「靴の祭り市」の幟旗がたなびく。境内の入口にも出店が並び、神社と市が一体となった「こんこん靴市」ならではの光景。
玉姫稲荷神社の大きな鳥居を背景に「靴の祭り市」の幟旗がたなびいていました。境内の入口にも出店が並び、神社と市が一体となった「こんこん靴市」ならではの光景です。
境内の燈籠の傍らにはためく「靴の祭り市」の大幟。稲荷神社の使いであるお狐様の絵が描かれ、「こんこん」の名の由来を静かに物語っている。
境内の燈籠の傍らにはためく「靴の祭り市」の大幟。稲荷神社の使いであるお狐様の絵が描かれ、「こんこん」の名の由来を静かに物語っています。
玉姫稲荷神社の大鳥居をくぐると、紅白のテントと「靴の祭り市」の幟が迎えてくれる。参道の両脇に出店が並び、普段の静かな境内とは打って変わった祭りの空気が漂う。
玉姫稲荷神社の大鳥居をくぐると、紅白のテントと「靴の祭り市」の幟が迎えてくれる。参道の両脇に出店が並び、普段の静かな境内とは打って変わった祭りの空気が漂います。
境内の参道沿いに並ぶブーツや雨靴のコーナー。「ヤマナシ レインシューズ ¥5,000」の手書きPOPが添えられ、黄色い法被を纏った出店者が来場者に対応している。
境内の参道沿いに並ぶブーツや雨靴のコーナー。「ヤマナシ レインシューズ ¥5,000」の手書きPOPが添えられ、黄色い法被を纏った出店者が来場者に対応していました。
スニーカーやカジュアルシューズを揃えた「シューズ」テントには若い来場者も多く、棚いっぱいに並んだカラフルな靴が目を引く。浅草の製靴産業が誇る多様な品揃えが実感できる。
スニーカーやカジュアルシューズを揃えた「シューズ」テントには若い来場者も多く、棚いっぱいに並んだカラフルな靴が目を引きました。浅草の製靴産業が誇る多様な品揃えが実感できます。

「靴の祭り市」は、1974年(昭和49年)に始まりました。
当時、この周辺には、多くの靴製造業者や職人が集まっていたのです。
靴の事業者たちが、氏神様への感謝を込めて、祭事と感謝市を開催。
秋の「新嘗祭(にいなめさい)」の祭事を手本にされました。
新嘗祭とは、その年の収穫に感謝をし、来年の豊作を祈願する神道の祭祀(さいし)のことです。
その祭事を手本に
「感謝を形にしよう」
という製靴業者側の意思が「靴の祭り市」の出発点でした。

その時代背景には、1974年(昭和49年)は、高度経済成長が終わりを迎えた時期。
オイルショック直後の時期でもあります。
浅草の製靴産業が、最盛期を迎えつつあった頃で、地域の産業振興と結束を高める意図もあったのかもしれません。

紅白テントが連なる境内通路は、多くの来場者でにぎわう。スーツ姿の参拝者の姿も見られ、老若男女が集う「こんこん靴市」ならではの光景だ。
紅白テントが連なる境内通路は、多くの来場者でにぎわいます。スーツ姿の参拝者の姿も見られ、老若男女が集う「こんこん靴市」ならではの光景でした。
「日本製 Made in Japan」の表示が並ぶ革靴専門ブース。「匠」の文字が添えられた商品説明が、浅草の靴づくりの誇りと職人気質を感じさせる。
「日本製 Made in Japan」の表示が並ぶ革靴専門ブース。「匠」の文字が添えられた商品説明が、浅草の靴づくりの誇りと職人気質を感じさせます。
「こんこん靴市」の幟を背に、イタリア製牛革バッグや雑貨が並ぶ通路。靴だけでなく皮革製品全般が揃い、「靴の祭り市」が革製品の総合市場であることがわかる。
「こんこん靴市」の幟を背に、イタリア製牛革バッグや雑貨が並ぶ通路。靴だけでなく皮革製品全般が揃い、「靴の祭り市」が革製品の総合市場であることがわかります。
「イタリア製牛革バッグ各種 ¥3,000均一」の赤い看板が鮮やかなバッグコーナー。色とりどりの革バッグを手に取る来場者の姿が、靴市に財布やバッグなどの皮革製品が揃うことを改めて伝えてくれる。
「イタリア製牛革バッグ各種 ¥3,000均一」の赤い看板が鮮やかなバッグコーナー。色とりどりの革バッグを手に取る来場者の姿が、靴市に財布やバッグなどの皮革製品が揃うことを改めて伝えてくれました。
テント間の通路を行き交う来場者と、壁面に整然と並べられた革靴。境内に設けられた複数の出店ブースを巡る楽しみが、毎年多くの人を引き寄せる理由のひとつだろう。
テント間の通路を行き交う来場者と、壁面に整然と並べられた革靴。境内に設けられた複数の出店ブースを巡る楽しみが、毎年多くの人を引き寄せる理由のひとつでしょう。
境内に設けられたテント内の靴販売ブース。「日本製ビジネスシューズ ¥5,000」の札が目を引く。30社以上が軒を連ねる境内は、まさに靴の一大市場の様相を呈していた。
境内に設けられたテント内の靴販売ブース。「日本製ビジネスシューズ ¥5,000」の札が目を引く。30社以上が軒を連ねる境内は、まさに靴の一大市場の様相を呈していました。
「靴の祭り市」の幟がはためく参道で、革小物を手に取る来場者の姿。奥には朱色の鳥居が見え、境内全体がお祭りの雰囲気に包まれている。
「靴の祭り市」の幟がはためく参道で、革小物を手に取る来場者の姿。奥には朱色の鳥居が見え、境内全体がお祭りの雰囲気に包まれていました。

靴への感謝からお祭りへ

「靴の祭り市」は、その歴史の中で、いくつかのユニークな文化が育ちました。

【靴供養】
役目を終えた靴に感謝し、お焚き上げる神事です。
「道具を大切にする」
という日本らしい文化が、古靴供養として続けられています。

【シンデレラ神輿】
1980年代以降、よりお祭りを盛り上げるために考案されました。
デザイン公募が行われるなど、時代に合わせたアップデートが続けられています。

【こんこん靴市と靴のめぐみ祭り市】
年に2回ある「靴の祭り市」ですが「めぐみ祭り市」のほうが先に始まりました。
「こんこん靴市」は、後から春のお祭りとして加わったのです。
名前の由来の違いとして「こんこん」は、稲荷神社の使いである「お狐様」の鳴き声「コンコン」にかけた名前。
「めぐみ祭り市」は、靴の「恵み」に感謝するという意味です。

どちらも同じ「靴への感謝」という思想から生まれています。
実際に訪れてみると、境内には靴を手に取る人々であふれ、普段の静かな神社とは違う表情を見せていました。

白と青のテントが立ち並ぶ境内の広場。革製品や靴のブースが左右に続き、大鳥居を背景ににぎわう「こんこん靴市」の会場風景。
白と青のテントが立ち並ぶ境内の広場。革製品や靴のブースが左右に続き、大鳥居を背景ににぎわう「こんこん靴市」の会場風景。
玉姫稲荷神社の社殿を背景に設けられた案内ブース。「¥300円券プレゼント 終了いたしました」の貼り紙が、来場者の多さを物語っている。
玉姫稲荷神社の社殿を背景に設けられた案内ブースです。「¥300円券プレゼント 終了いたしました」の貼り紙が、来場者の多さを物語っていました。
境内に鎮座する「口入稲荷社」の朱色の鳥居と赤い柵。緑豊かな木々に囲まれ、祭りの喧騒の中にひっそりと佇むこの一角が、神社の歴史ある奥行きを感じさせる。
境内に鎮座する「口入稲荷社」の朱色の鳥居と赤い柵。緑豊かな木々に囲まれ、祭りの喧騒の中にひっそりと佇むこの一角が、神社の歴史ある奥行きを感じさせます。
「口入稲荷社」と刻まれた扁額を掲げる朱色の鳥居。格子の扉の向こうに社殿が見え、長い歴史を持つ玉姫稲荷神社の境内に息づく信仰の静けさが漂う。
「口入稲荷社」と刻まれた扁額を掲げる朱色の鳥居。格子の扉の向こうに社殿が見え、長い歴史を持つ玉姫稲荷神社の境内に息づく信仰の静けさが漂っています。
お狐様が描かれた「靴の祭り市」の幟を前景に、革小物のブースと来場者が行き交う賑やかな参道。奥には朱色の鳥居が見え、神社と市が一体となった光景が広がる。
お狐様が描かれた「靴の祭り市」の幟を前景に、革小物のブースと来場者が行き交う賑やかな参道。奥には朱色の鳥居が見え、神社と市が一体となった光景が広がります。
「本革製 1足 5,500円」「2足 10,000円」の値札が並ぶ紳士靴のラック。サイズ別に整然と並べられた革靴の数々は、浅草の製靴産業が誇る品揃えの豊かさをまざまざと見せてくれる。
「本革製 1足 5,500円」「2足 10,000円」の値札が並ぶ紳士靴のラック。サイズ別に整然と並べられた革靴の数々は、浅草の製靴産業が誇る品揃えの豊かさをまざまざと見せてくれます。
「靴の祭り市」の幟の向こうに、玉姫稲荷神社の社殿が望める。境内を埋め尽くす出店と人波の奥にお社が見えるこの構図が、1974年から続く「靴への感謝」という祭りの本質を静かに伝えている。
「靴の祭り市」の幟の向こうに、玉姫稲荷神社の社殿が望めます。境内を埋め尽くす出店と人波の奥にお社が見えるこの構図が、1974年から続く「靴への感謝」という祭りの本質を静かに伝えていました。

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